迷信&歩いて学ぶ 2  教会長    
  

 皆様、新年あけましておめでとうございます。令和8年。金光教立教167年。名張教会開教103年。本年も教会だより『和らぎ』をよろしくお願いいたします。

今年の干支は「丙午」。このお道の考え方では、日柄方角のよしあしを言わないということですが、世間では今から60年前、出生数が前年比大幅減少(186万人→138万人)いう「丙午ショック」が起きました。男尊女卑思想が激しかった江戸時代に、元々「丙午の女は気性が荒い」という迷信に、『八百屋お七』の放火話を井原西鶴が「好色五人女」に書いたことから、一気に広まったということですが、高度経済成長著しいさなかの60年前に、この迷信が世の中を左右したということに改めて驚くとともに、昨今の少子化の波は、もっと洒落にならない社会問題だなとつくづく感じます。最近は、地震などの災害のたびに、フェイクニュースや、SNSの間違った発信に踊らされる人々が多いですが、科学の発達したこの時代だからこそ、正しく物事を見る目をしっかりもっておきたいものですね。

さてここからは、先月の本欄でお話ししました「宗教文化士の集い」の続きのお話をしたいと思います。 

真田山陸軍墓地をあとにして、次に向かったのは「玉造カトリック教会」です。1894年にこの地に設立され、入り口には著名なキリシタン大名「高山右近」と、細川ガラシャの像が立っています。この日、プログラムでは「ベトナムミサ」に参加するとありました。私は、ここの近所にあるカトリックの高校を卒業していますので、ミサの進行や、雰囲気はなんとなく理解しているつもりでいました。いざ、ミサが始まると、当たり前のことなのですが、神父さんがお話される言葉はすべてベトナム語。みんなで歌う聖歌も当然ベトナム語。お唱えする聖書の言葉もすべてベトナム語…。今時ですから、すべて前の巨大なスクリーンに文字が映し出されるのですが、全く理解できず…。英語なら、多少は理解できる(といってもほとんどわからないでしょうが)かもなんですが、1時間がとてつもなく長く感じました。しかし、心を打たれたのは、参拝しているベトナムの方々皆さんが真の祈りをささげておられるなあということが伝わってきたことです。日曜礼拝として、定期的にベトナム語ミサがおこなわれているとのことで、そのたびに彼らは教会に集まり、祈りをささげている。宗教は違っても、「一心に願う」ことの大切さを、改めて痛感した時間でもありました。その後、教会からほど近くにある「金光教桃山教会(願いの宮)」に参拝し、教会長から、現在の取り組みについてお話をうかがいました。先月に記した通り、お世話下さった宮本先生と私以外に金光教関係の方はおらず、参加者のほとんどが金光教の教会に入るのが初めてでした。ここでも貴重なお話をうかがうことができました(内容については、いずれまた得た中身について記したいと思います)。

 歩いて、学んで、祈って、楽しむ。今年もたくさんいろんなことを学び、楽しみたいと願っています。

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